京都てっぱん日記

オタクな父&息子と3人暮らし。京都の面白そうな「ほんまもん」を探して、日々徘徊中。

「あさが来た」の五代友厚が手がけた、兵庫県朝来市「生野銀山」へ行く。

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石門にも、菊の御紋が入っています。

先日テレビを見ながら用事をしていたら、NHK「ぐるっと関西おひるまえ」で兵庫県朝来市(あさごし)の生野銀山がレポートされていました。行ったことがあるなあ、と思いながら見ていましたらこれまたどこかで見たようなレポーターの方。

あら?「あさが来た」の加野炭鉱での炭鉱夫、伊作役の方ではありませんか!あさにイケズばかりして最初はかなり嫌な奴で、ピストルが暴発するきっかけになった方ですね。実は「ごちそうさん」では主人公め以子の娘、ふ久のお相手役だった方なのです。ワタナベエンターテイメント所属の中山義紘さんだそうです。

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ごちそうさん」の好青年ぶりとは全く違うのでびっくり。ちなみに左の方も同じく炭鉱夫役の方。

 

五代友厚ゆかりの生野銀山。

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ディーン・フジオカさんとはあまり似ていませんね(笑)

生野銀山は大同2年(807年)に銀が出たと伝えられる。織田信長豊臣秀吉の直轄時代を経て、慶長5年(1600年)徳川家康は、但馬金銀山奉行を配置、佐渡金山、石見銀山と並び天領として徳川幕府の財政を支えてきた。

明治元年(1868年)には日本初の官営鉱山(政府直轄)となった。明治政府は近代化を推し進めるため、「お雇い外国人第1号」のフランス人技師ジャン・フランソワ・コアニエを鉱山師兼鉱学教師として雇い、コアニエが帰国するまでの10年の間に、製鉱所(精錬所)を建設し、生野に日本の近代化鉱業の模範鉱山・製鉱所の確立をめざした。

生野銀山ウェブサイトより

朝来市は「あさがきた市」ということで、NHK朝ドラ「あさが来た」を応援しているのだそう。名前だけではなく、いま話題の五代友厚さんがフランス人技師ジャン・フランソワ・コアニエさんを生野銀山へ派遣されたというご縁もあるのです。

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オタク息子、銀山へ行く。

オタク息子が幼い時に歴史好きのオタク父がぜひ行きたい!と言い出しまして、皆で伺いました。兵庫県は広いのでいろいろな興味深い場所が多いのです。

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坑道で撮った写真が見つからず、生野銀山のウェブサイトからお借りしました。坑道の中では作業の様子を人形で再現してあるのですが、かなりリアルに作ってあり、暗い中ではちょっと怖かったです。

銀山の中はひんやりとしていましたが地震でもあったら大変。命がけの仕事ですね・・・写真を見ながら、「あさが来た」での事故で親分が大けがをしたのを思い出しました。

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上の写真は「生野銀山文化ミュージアム」にあったもので、銀を量る時に使っていたはかり。下の写真は併設の体験コーナーで天然石のすくい取り体験。本当は金・銀のすくい採りが希望だったのですが、やはり人気で満員でした。

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日本三大銀山のひとつを見学できて、オタク母的にはかなり満足でした。でも先ほどオタク息子に生野銀山のことを憶えているか聞いてみたところ、

「砂を堀って宝石を見つけたところやろ?」

と、いう返事でした。・・・まあ、8年も前のことなので無理もありませんね。もっと歴史的なことを憶えていてほしかったのですが、何かしら記憶に残っていれば良しとしましょう(笑)。

日本初の官営鉱山というとちょっとお堅い感じですが、子どもも色々と楽しめる場所になっています。良かったら行ってみて下さいね。