聖護院八ッ橋総本店が公表する創業年「元禄2(1689)年」は偽りだとして、ライバル社の井筒八ッ橋本舗が4日、広告や商品説明などでの記載差し止めや600万円の損害賠償を求める訴訟を京都地裁に起こした。
京都銘菓・八ッ橋のルーツを巡る老舗同士の論争が、法廷に持ち込まれた。井筒八ッ橋本舗は「1689年に八ッ橋が存在したことを示す根拠はない」と主張。聖護院八ッ橋総本店は「ただ驚くばかりで、今後、対応を検討したい」としている。
ついに勃発してしまいました。八つ橋の会社は十数社もあってややこしく*1、「八つ橋商工業協同組合」という組合もあります。
地元民でも、厳密には違いを分かっていない人が多いのではないかしら?
昨年の京都新聞(6/13)より(^^;
「八ッ橋」という名前の由来となったのは江戸時代の筝曲家:八橋検校という方らしいのですが、その方の昨年の命日にはこんな記事があり、ちょっと面倒くさいややこしい感じ?*2とうっすら思っていました。
京都を代表する土産「八ッ橋」の名前の由来とされる江戸時代の箏曲家八橋検校(1614~85年)をしのぶ法要が12日、京都市左京区の2カ所で営まれた。
検校の墓がある金戒光明寺塔頭・常光院では、井筒八ッ橋本舗が「八橋祭」を開いた。法要の後、箏曲家の釣谷真弓さんが出席者約40人に検校の功績を解説した。
法然院では、聖護院八ッ橋総本店が「八橋検校三百三十三回忌」を開いた。約60人が出席し、読経や焼香の後、箏曲や芸舞妓による京舞が奉納された。
同じ日に、同じ人の法要を違う場所で開くって・・・片方は芸舞妓や過去には歌舞伎役者を呼んだりと賑やかに、片や「心」を重要視して厳粛にと、長年の間競うように法要を開いてはります。
聖護院八ッ橋は、このところ専務(次期社長)の鈴鹿可奈子さんのnikinikiなどで知名度がアップしている気がします。伏見の清酒の老舗、山本本家のご子息と結婚されてますますお綺麗にならはりました。披露宴には京都市長も出席されたそう(#^^#)
八つ橋だけでなく、京都全体のイメージダウンになりそう。仲良くしてほしいものです(T_T)